今年の5月から7月にかけて、幻のフランス製電子楽器『オンド・マルトノ(Ondes Martenot)』の発想をベースに『オンド・マルトノMIDIコントローラ(Ondes Martenot MIDI controller)』を制作した。その過程について3回に分けて記録したい。第1回は制作までの道のりである。
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オンド・マルトノの話に入る前に、まずは3年前に自作したレーザーテルミンと、その少々残念だったポイントについて触れなくてはならない。それは雑誌『Make:日本版第6号』の記事を元に製作したもので、横長のボディに沿って走るレーザー光を手で遮ることで発音のオンオフを制御し、赤外線距離センサから手のひらまでの距離を測ることで音程を制御する構造だった。この自作レーザーテルミンを使用してArturia社製ソフトウェアシンセサイザ『Analog Factory』を演奏した映像がYoutubeにアップされているのでご覧いただきたい。
galliano自作レーザーテルミンによる演奏『私のお父さん』(2009)
光センサと距離センサから得られた数値をMIDIデータに変換するのは、おなじみArduino(アルドゥイーノ)の仕事。ただし全ての回路とArduino用のスケッチ(プログラム)は、雑誌に掲載されていた記事を忠実になぞっただけで、工作の中身は『雑誌記事の検算』の域を出ておらず、自分のオリジナリティはほぼゼロである。ここが残念なところの一つ。
加えて、完成したレーザーテルミンの演奏はなかなか難しいもので、距離センサの微妙な誤差から高音域の音程がブレがちであった。音量についてもノートオンとオフの二種類しかなく、本家テルミンのようにデリケートな音量調整は行えない。すなわち、演奏するための楽器としては不完全なものだったのだ。
私が幻の電子楽器『オンド・マルトノ(Ondes Martenot)』に出会ったのは、この不満を如何に解消するかを考えている最中の事だった。
「演奏をしっかり楽しみたいなら、本家テルミンを買えばいいじゃないか」という意見もあるだろう。実際、簡易的なテルミンであるテルミンminiを付録とした大人の科学マガジン Vol.17は3冊も購入してしまい、ひとつは家に置き、一つは会社に常備。最後の一つは電話機スタイルに改造するほど気に入っていた。
電話機スタイル版学研テルミンmini(2011)
また本格的なテルミンの中でも、外部音源コントロール出力を備えた最新式テルミン「モーグ:イーサウェーヴ・テルミンプラス(Moog Etherwave Theremin Plus)」はなかなか魅力的な商品である。実はコレ、すごく欲しい。しかしテーザーテルミンを自作し、その結果に悩んでいる以上、吊るしの完成品を買って解決というのはどうにも面白くない。あくまでも自作することで課題を乗り越えたいのだ。このあたりの気持ちは、Make:読者であれば判っていただけると思う。
日本製のテルミンとしては、e-windsがよく知られているが、どのテルミンにしても上手い人が演奏すると素晴らしい表情が生まれる。たとえば下のリンク先から鑑賞できるトリ音さんの演奏を聞いていただきたい。この表現レベルに自作の楽器で近付きたいと、ずっと考えていた。
「亜麻色の髪の乙女」(ドビュッシー)e-winds演奏byトリ音さん
そんな中、ふとした拍子にYoutubeで発見したのが『オンド・マルトノ(Ondes Martenot)』である。テルミンと同じ頃にフランスで発明された電子楽器『オンド・マルトノ』についてはwikipediaに詳しい説明があるが、テルミンよりも知名度が低く台数も限られている事から、『幻の電子楽器』とも呼ばれている。しかも現在オリジナルモデルは生産されておらず、中古でも大変な高価格で取引されているとか。さらにはこのオンド・マルトノ、鍵盤部分と3つの大きなスピーカーのセットで成立しており、総重量は100キロを超えると聞く。これは気軽に所有するというわけにはいかない。
とはいえ、出てくる音を聞いてみると、無段階の音程変化がテルミンに非常によく似ており、なかなか心地よい。大いに惹かれるものがある。ぜひ下の画像でその魅力を感じていただきたい。
オンド・マルトノのデモ映像
さてこのオンド・マルトノ、テルミンと違う点がいくつか存在する。まず視覚的に大きく違うのは鍵盤部分を持つ事だが、私が注目したのはここではなく、音程の無段階コントロール部分である。テルミンに見られるアンテナ制御とは違い、リボン(ワイヤー)に取り付けられた指輪状のリングを左右にスライドすることで音程を制御する。またリングの下に凹凸のある音程ガイドがあり、指先の感覚だけで正確な音程を簡単に出す事ができる。音量は『トゥッシュ』と呼ばれる鍵盤型プッシュボタンを左手で操作し、指の圧力や勢いで表情が付けられる。さらにはボタンやレバーの操作で音色を変える事も可能だ。
これらテルミンとの差異は、どれも自作に向いている印象を受けた。そしてもうひとつ、私の制作モチベーションを上げた大事な事がある。それはオンド・マルトノ風に作られたMIDIコントローラがまだ世の中に存在していないという事なのだ!実にMake:心が刺激される素材ではないか。(存在してたらすみません)
ちなみにMIDI制御機能を持たないオンド・マルトノ風の楽器はいくつか存在している。まず実際に販売されている製品として、モジュラーシンセサイザメーカーである『Analogue Systems』社製の『French Connection』が挙げられる。これはアナログシンセサイザー用にCV電圧とGATE信号を出力する機能を持っており、本家オンド・マルトノと同様に鍵盤出力も装備されている。ただしこれは単なるコントローラでしかなく、モジュラー式のアナログシンセに接続しなくては音が出ない。そして値段は、なんと29万円を超える。RADIOHEADがツアーでも使用したそうだが、実に高価であり、素人が手を出せるものではない。
『French Connection(29万円以上)』のデモ映像
その他にもWeb上を見ると、多数の自作オンド・マルトノが発表されている。よく知られているのは『Dana Countryman』氏による『Martenot Controller』であろう。これも『French Connection』同様アナログシンセ用コントローラであり、下の映像内で音を発しているのは後ろにそびえる重厚なモジュラーシンセサイザである。しかしコントローラの構造は非常に単純で、作者による丁寧な解説ビデオがあり、中身の詳細や使用している部品も判別しやすい。作者のサイトにも詳細な制作解説ページがある。そして、Danaは「1万円以下で作ったよ」と言っている! というわけで、私が今回自作したオンド・マルトノは彼のオンド・マルトノの構造を参考にしており、ここで感謝の意を表しておきたい。Thanks a lot, Dana!! ちなみに鍵盤部に設置してあるDX-7は演奏用ではなく単なる音階のリファレンス用である。
『Martenot Controller』の内部構造説明+デモ演奏『Ave Maria』
この他にも、音源を内臓したタイプなど様々なオンド・マルトノがある。ただしどれもMIDIコントローラ機能は備えていないようだ。
その他自作オンド・マルトノ映像
さらにはiPadアプリ版オンド・マルトノも存在している。名前は『Petites Ondes(プチ・オンド)』。なんと日本製の有料アプリで、価格は250円。完成度はすこぶる高く、オンド・マルトノの雰囲気を知るのにはお勧めである。ただし正確に音程を出すのはなかなか難しく、iPad幅の制限からスムーズにコントロールできる音域も狭い。遊び用としては面白いが、演奏用楽器としてはちょっと物足りない。
Petites Ondesのデモ映像
ちなみにこのアプリの開発元は、東京・浅草でリアルなオンド・マルトノレプリカを制作している『浅草電子楽器製作所』である。ASCII.jpによる楽しい会社紹介の記事はこちら。
最後に『リボン・コントローラ』にも触れておかねばなるまい。テルミンやオンド・マルトノに似た無段音階コントローラであるリボン・コントローラは、単体で音が出るもの、MIDI出力を備えたものなど様々なタイプが商品化されている。シンプルではあるがなかなか魅力的な製品であり、テルミン系と比べても比較的安価で販売されている。明和電機による「オタマトーン」もこのジャンルの製品である。ただし既に多数の自作例があることから、リボン・コントローラを自作することは充分可能だが、かなり『出遅れ感』を感じるのが正直なところである。広告同様、何を作るにしても『最初感』はすごく大事なのだ。
自作リボン・コントローラ例。演奏上手過ぎ。
これまで見てきたように、世の中には様々な類似コントローラが存在している。その中でも、演奏しやすそうに見えて表情も豊か、加えてMIDIコントローラ版がまだ発表されていないという理由により、自作オンド・マルトノMIDIコントローラの制作を決意した。
しかし作ってみなければ判らない事だらけで、完成する目処など全く無かった。あったのは、なんとかなりそうだという匂いと、自分には出来るという気持ちだけだった。
(2)に続く。
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